この事例の依頼主
50代 男性
A社の当時部長をしていたBが12月末で退職したい旨の退職届をA社の代表取締役Xに提出しました。A社としては、部長職の人間が急にいなくなることは望ましくなかったことから、代表取締役らが一旦会社に留まるように説得し、結果として退職日を半年後の来年の5月末日とする旨の合意をしました。翌年5月31日にBは退職することになりました。この時、A社は、Bが雇用保険上の便宜を図るためと考えて、離職票の退社理由に「自己都合」ではなく、「会社都合」と記載して渡してあげました。退職の約半年後、Bが、「自分は解雇された。その解雇は無効だ。」と言い出し始めました。Bさんの言い分としては、12月末で会社を退職する旨の退職届を出したが、12月末での退職が認められなかったのだから、退職の意思表示は撤回されたはずであって、5月31日に退職するということは、合意によるものではなくて会社側の一方的な意思表示によるものであるという主張です。Bは、労働委員会のあっせんの申し立てをするが、A社はこれに出席することを拒否しました。それを受けて、Bは、東京地方裁判所に地位確認(すなわち、解雇が無効なので自分はまだA社の従業員であるという言い分)を求めた労働審判の申し立てをしました。そこで、A会社の代表取締役Xから相談を受けて当職が受任をすることになりました。
労働審判手続きにおいてBさんは、1 12月末に退職する旨の退職届を提出したのは事実であるが、その際に代表取締役Xに説得を受けた際に退職の意思表示は撤回したはずである。2 半年後に退職する旨の合意を会社としたことはなく、あくまで、半年間会社に残るか会社を辞めるか考える考慮期間とする旨を会社に伝えただけである。3 Bさんとして5月31日に退職する旨の明確な意思表示をしていない段階で会社が取締役会においてBさんが5月31日退社する旨の決議をして、その決議をBさんに伝えているのは、解雇の意思表示ということができる4 離職票の退社理由に「自己都合」ではなく、「会社都合」と記載しているのも、会社側が解雇であると認識していた証拠であると主張しました。これに対して、A社側は、1 Bさんの退職の意思表示は受け入れた上で後任者との関係で退職日を半年後に伸ばしてもらっただけであり、退職の意思表示の撤回は5月31日に至るまで一回もなかったこと2 Bさんは、Bさんの後任者に対する引き継ぎ作業を自ら進んで行っており、後日、急に会社に解雇されたと言い始めたのは、次の会社での就職の話が立ち消えになったことから、会社に戻りたいと考えたことによること3 取締役会の決議は、Bさんからの退職届の提出を受けて、Bさんが5月31日に退職する旨を了承する内容のものであったこと、また、取締役会でその旨の決議があったことをBさんに伝えた際にBさんは、メールで「5月31日の退職日までに引き継ぎ作業を終わらせる予定です。」と代表取締役Xに送信しており、5月31日の退職に納得していたこと4 「会社都合」と記載されていることについては、5月中旬の会社の人事とのメールのやり取りの中に、Bさんが雇用保険を早期に受給したいから「会社都合」で辞めたと言う形にして欲しい旨を述べていることを主張して、Bさんの退職がBさんの自らの退職の意思表示によるものであることを主張しました。結果として、労働審判委員会は、Bさんの退職は、自らの意思表示によるものであることを認定し、労働審判の申立てを棄却しました。
自分で退職届を出して自主的に退職したのにもかかわらず、後日その「退職届は無効だ、事実上は解雇であり、解雇無効である」という主張が出されることは珍しくなく良くある主張です。時々当職がよく相談を受けるのが、本当は解雇したいのにもかかわらず、無理矢理、本人に退職届を提出させて辞職の形をとったようなケースです。会社としては、「解雇」という形をとると、解雇権濫用の法理に基づいて解雇無効だと言われてトラブルになると思い、このため自主退職の形をとりたいと思って退職届を書かせるということを考えがちのようです。弁護士も「解雇ではなく自主退職の形を取った方がよい」とアドバイスをすることもあります。しかし、本人の意思を無視して無理に退職届を書かせると、当然本人は納得していないので、労働審判等で争ってくる可能性が高くなりますし、無理矢理書かせたことが明らかになってしまえば、仮にその本人に問題があっても、事実上の不当な解雇として解雇無効とされてしまうことがあります。本人に何らかの問題があって解雇したいのであれば、多少時間や手間がかかっても、就業規則等に則り、きちんと手順を踏んで解雇した方が、本人も自覚して諦める可能性が高いですし、争われても負けることは少なく、結局は会社にとって良い結果になると思います。