犯罪・刑事事件の解決事例
#医療過誤

三歳児の急性虫垂炎の診断・治療が遅れ、汎発性腹膜炎で死亡した事例

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小林 洋二 弁護士が解決
所属事務所九州合同法律事務所
所在地福岡県 福岡市東区

この事例の依頼主

男性

相談前の状況

3歳のA君が、腹痛で近所のB小児科を受診したのは12月10日のことでした。翌11日も腹痛の治らないA君に、B小児科の先生は虫垂炎を疑い、その地域唯一の総合病院であるC病院の外科に紹介しました。しかし、C病院外科のD医師は、腸管膜リンパ節炎や急性腸炎といった診断名で、解熱剤、抗生剤等による保存的治療を続けました。15日、A君は同じC病院の小児科を受診しました。小児科のE医師は、A君の腹部を触診して筋性防御、反跳疼痛といった腹部理学的所見を認め、虫垂炎及び合併症との診断で、A君を外科に送り返しました。しかし、D医師はそれでも自分の診断を変えず、A君を帰宅させました。16日の早朝、A君の容態は激変、七転八倒して腹痛を訴え、激しい下痢、嘔吐を繰り返しました。タクシーで駆けつけたC病院で撮影されたレントゲン写真には、フリーエアがはっきり写っていました。流石のD医師も、この段階で開腹手術に踏み切りました。しかし、術後も、高熱、頻脈、過呼吸が続き、翌17日にA君は亡くなりました。死亡診断書の直接死因は心不全、その原因は敗血症と記載されています。病院は、過失、因果関係とも争い、裁判になりました。わたしが弁護団に参加したのは、既に患者側に不利な鑑定が出され、それを挽回するために協力医の尋問を準備している段階でした。

解決への流れ

病院側の主張は、手術適応を判断するのはあくまでも外科医であるD医師であり、D医師の診断によれば、15日まで虫垂炎を示す腹部理学的所見はなかったのだから、手術しなかったことに過失はないと主張しました。同じC病院のE医師がとった腹部理学的所見は、小児科医の診察なのであくまでも参考に過ぎない、といいます。ちなみに医師としての経歴は、E医師の方がかなり先輩でした。また、A君の手術所見は限局性腹膜炎であり、必ずしも手術が遅れたとはいえない、とC病院は主張しました。A君は、汎発性腹膜炎にも、敗血症にもなっていない、亡くなったのは、手術後、ライ症候群(ウイルス感染に続発する稀な脳症で予測困難かつ予後の悪い疾患です)を発症したからである、というのが病院側の主張でした。では、術前レントゲンのフリーエアはどこから出たのか。なぜ、死亡診断書に「敗血症」と記載したのか。病院側の説明は、支離滅裂でした。この支離滅裂さを完膚無きまでに弾劾した協力医の証言を経て、患者側に不利な意見を書いた鑑定医の尋問が行われました。鑑定医の証言は、鑑定書とはかなりニュアンスが異なり、D医師の責任を厳しく指摘する協力医の証言をほぼ全面的に肯定するものになりました。地裁判決は、原告側の全面勝訴。病院側は控訴し、A君の死亡は悪性過高熱(全身麻酔10万例に1〜2例という稀な合併症です)という疾患によるものであって虫垂炎の手術が遅れたこととは無関係であるとの新たな主張を展開しました。これに対して遺族側は遺族固有の慰謝料を増額して付帯控訴を行い、控訴審では認容額が600万円上乗せになるという結果となりました。

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小林 洋二 弁護士からのコメント

この事件は、D医師の診断能力の不足から起こった単純な医療ミスです。せめて、ベテラン小児科医であるE医師の診断を尊重する謙虚さがあれば、最悪の結果は回避できたはずです。しかし、その失敗を糊塗するために、D医師は、おそらく、手術記録をごまかしました。術前レントゲンにみられるフリーエアからすれば、術中所見が限局性腹膜炎だったとはとうてい考えられないのです。しかも、敗血症以外の死因を探すために、遺族の了解を得ずに肝臓のネクロプシー(遺体からの病理標本採取)をおこない、ライ症候群の証拠にしようとしました。そのため、遺族は、勝訴判決確定まで約8年にわたる苦しい闘いを強いられました。控訴審で認められた遺族固有の慰謝料は、このネクロプシーにかかわるものです。判例タイムズ1045号240頁には、「死亡した患者の担当医師が遺族の承諾を得ずに死体から細胞を採取することは、死因を解明するためであっても、遺族の死者に対する追悼の感情を害する不法行為にあたるとして、遺族の慰藉料を認めた事例」として控訴審判決が掲載されています。